魔女日記

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母のこと



母は強かったな、と思う。


父が失業した時もまだまだ育ち盛りの子供三人抱え、朝から晩まで外でも家でも働きまくっていた。
社会から弾き出され完全に活力を失った亭主を横目に、来る日も来る日も働いた。
時給800円の世界で、髪を振り乱し、ボロを着て、母はどんどん女から遠ざかっていった。
時々鬼のような顔を見せながら疲労を身体中に滲ませ続けた。



最初の病気になった時、母は言った。
「働きすぎたのよ」




当時十代の私は
母のような生き方はしたくないと思った。
亭主の職業に振り回されたくないと思った。
自分の時間を切り売りする仕事はしたくないと思った。
家族のために自分が犠牲になる生き方をしたくないと思った。



そんな冷たい思いを心に忍ばせて、自分のことだけ考えて漠然と生きてきた。





母が死んだ時、
急に“この人の子に生まれて来て良かった”
という気持ちがお腹の底から突き上げて来て
私はたまげた。ほんとにたまげた。
こんな気持ちになるなんて。
強烈な“気づき”が母を受け入れずに生きて来た私の心に押し迫る。



私は勝手に愛情を忘れ、時には突き放し、一人で生きてるような顔をしてたんだ。






長い間の自分のエゴイズムを呪った。


私は封を切ったように泣いた。次の日も次の日も次の次の日も
わんわんと泣いた。
はじめて母を恋しいと思った。








あのやわらかい腕の中に抱かれ、
じっと注がれた母の眼差しを
私はどうして忘れてしまったのだろう。
あの乳の香りを
優しい声を
私はどうして忘れてしまったのだろう。。。。。





闘病生活の中
トイレから立ち上がれない母を抱きかかえたとき、
重たくて大変だったけど
ほんとはうれしかった。
はじめて母を抱きしめた気がして
うれしかったんだ。


お尻を拭いた時も
自分の命を宿した母体の神秘に触れる気がして
神聖な気分になったんだ。



ほんとはそうだったんだ。。。。。












クリスマスイヴの
空が真っ青に澄みわたる朝、
家族に看取られて母は逝った。
ありがとうの言葉と父への愛のことばを添えて。



美しいいき方だと思った。
きれいな人だと思った。






逝ったあと、母は私に言いました。
「こういう死に方がしたかったのよ」





私は今、母を見上げている


その大きさを
太陽のような存在感を
自分を犠牲にして人を育て上げたその強さを


私は今、地上から見上げ
やっと母の子になれた気がする。











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by majyogirl | 2015-04-21 01:25 | 日々の泡 | Comments(0)
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マランモルンな日々


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